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2014年10月24日金曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.268

作文と読解の力を発展させ
これからの 【よみかき】 にて
文を読み書きすると同等の


さらに写真表現よりも
もっと身近なレベルで
必須になるだろう


動画表現の能力について
お伝えしていきたい
と思います。


動画は、動きのある映像
そして静止画、文字、音

さらに時間など具象から
抽象、概念まで駆使して
表現を、構築していきます。

動画表現にまつわる
さまざまな考え方が
あるなかで

その根本には、人の声と言葉が
深くしっかりと関わっているという
<問題意識>を通奏低音に

【動画のよみかき】 を主題とし

できるかぎり体系的な
「動画のいろは」 となるよう
お伝えできればと思います。

ここでいう動画は
映画やテレビなどの
大掛かりな作品ではなく

個人が表現の道具として
えんぴつとノートで残していく
ような 【動画】 になります。

“世界”の全体を見渡す習慣と
事象の細部に宿る“神”を感じ
動画で表現する楽しさが

共有できれば幸甚です。

今回は、前段として
【動画のよみかき】 事始めを
さわりだけお伝えいたします。

【動画】 は記録ありき!
Au commencement de toutes
choses,la Parole existait
deja. はじめに言葉ありき

ジョアンによる福音書の
冒頭ではないですが

なによりもまず
動画は、記録ありきです。

ブレていようが
暗くてなにが映っているか
わからないデータが
残っていようが

記録があれば98%は
動画表現が完了したも同然。

ここで大事なのは、キレイな
映像ではなく自分の視線です。

言葉をかえますと 【動画】 は
はじめに視線ありきとなります。

“視線=記録”これが
【動画のよみかき】 の
事始めになります。

次回は、この視線と記録について
ゆっくりと探っていきたいと思います


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国語の学童 よみかきのもり
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メールで国語の健康診断をお届けします。

まずは、教室までメールをお送りください

gakudou@kankendo.com


2014年10月2日木曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.267

作文と読解の力を身につける。
この命題を念頭において
本の紹介動画を制作。


配信も10月に入り
95本目になりました。


感慨にふける間もなく
蔵書をかき分けながら


かつて自分が施した
頁への書き込みを読み

紹介する日々を
初夏よりはじめ

この3か月ほど
飽きずに送っています。


ここは大上段にかまえて
結論めいたことをひと言
お伝えできればと考えています。

書籍は、そのものにして
劇場もしくはその舞台を踏む役者。

文は、役者の科白を運ぶ肉声。
文字は、観客の頭に残る余韻。

このような“結論”です。

尊敬してやまない小説家
大岡昇平の 『現代小説作法』 より
第11章 ハムレット から

ハムレットは死に、
輝く健康な王子
フォーチンブラスの形で
復活するのを見て、

われわれは哀憐と浄化を経験し、

結局われわれの
おかれた環境を認知し、

その中で人間のたどるべき
運命を理解するのです。

認知と理解という
相から眺めれば

まだまだ、紙の書籍がもつ
役割は終わっていません。

表舞台で、主役は
はれなくなるかもしれません。

ですが
裏道の小劇場に立つ役者として
贔屓筋のお客さんが
しっかりとその役者を
支えていくと考えています。

むしろ、そうすべきとも。

と、なると劇場支配人の
思考と振舞いそして心粋が
すべてを形づくる原点となると
そう、考えられます。

紙の書籍に、電子書籍
動画、音声データと
それぞれの役者がもつよさを
どうプロデュースしていくか?

この場合、問われるべきは
紙の書籍がもつ将来ではなく

劇場の支配人であるといえる
出版社がもつ存在意義です。

紙の書籍という役者にのみ
衰退の原因をあてがわず

劇場の要素すべてを使って
紙の書籍にもスポットライトをあてる。

18・19世紀の出版人のように
個人ですべてを差配して
個人で出版のリスクを負い
個人がその余剰価値を享受する。

そこに戻っていくように
感じています。

そのとき作家はどうなるか?

18・19世紀のようになるならば
原稿料は限りなくゼロに近づく
と、思われます。

それがとても不都合ならば
作家が出版人を兼ねる
もしくは出版人が作家になる

そんなような状況へと
変わっていくように思います。

翻って、読解力について

いち出版人がリスクを負った
出版物が世の中にたくさん
出てくるようになったとき

そのとき、読み手の読解力が
真の意味で発揮されると
そう考えています


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2014年9月25日木曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.266

作文と読解力と巷間
喧しくいわれるように
なっているのにもかかわらず


いっこうに作文力と
読解力が身についているとは
到底思えなく、自身を
振り返るためにも


ここ1週間で蔵書を
できるだけ手に取り再度
目を通していました。


世の中に出版される新刊書の
内容が難しくなっているのか?

それとも自身に読解力が
そもそもなかったのか?

あってもわずかだったのか?

そのわずかな読解力も
すでに衰えているのか?

いろいろと些細なところから
仮説をたてて、これまた小さな
検証を進めたところ

他人のせいにするようで
気が引ける検証結果が
手のひらに残りました。

編集者とデスク、そして販売部。
つまり出版社が劣化している?
それも、激しく衰えているのでは?

という結論です。

衰えの顕著なところは
ズバリ! タイトルです。

現在、無数に発刊される
新刊書のすべてに目を通している
わけではないので

一概に言いきれないのですが

書籍のタイトルと内容が
ピッタリきている新刊書が

かつてよりも少ないと
そう感じられるのです。

とくに、新書。

このジャンルがたどっている
質の劣化は、目に余るものがある
と断定しても過言ではありません。

1.内容に沿った素直なタイトル
2.内容がいいのに大げさなタイトル
3.内容がなくひとり歩きしているタイトル
4.檄文を許したうえに過激なタイトル
5.もはや帯の惹句のようなタイトル

1に近いほどひっそりと販売され
5に近づくほど新聞広告にはじまり
各書評へねじ込まんばかりに
表出されています。

「お相手によって態度を一変する」
とてもお聞き上手なテレビ営業の
女性作家さんによる新書が

いい意味でも、悪い意味でも
マイルストーン(画期的作品)
だったように、思われます。

昆虫好きのおじさんによる
新書は、あくまでも余技の域。
新書販売のタッチストーン
(試金石)だったと思われます。

まわりくどくなってしまいましたが
自身の読解力を云々するのならば

まずは、「1」の新書その新刊書を
手に入れてからだということです。

それが現在、とても難しい。

読解力を身につけることよりも
その力をつけるための書籍に
巡りあうことのほうが
なにより難しい。

さらに、“熱帯雨林”の名を冠した
ネット販売に随時、掲載されている
感想文が「5」よりもあてにならない。

書籍に対し賛否どちらにしても
内容との距離が「熱すぎる」か
「冷たすぎ」て数多ある感想文から
思考がほとんどできないのです。

最後の“熱帯雨林”はつけたりですが
現在、読解力は冷静な書籍探しから
はじまるともいえる状況です。

当然ですよ! 遅くなくて?
と、すでに実践している方も
いらっしゃると思います。

そんな堅実な本好きの方々も

コップのなかの
ゆでガエルを肝に銘じ
かなりしっかりとした
意思を持続しないと

「1」の新刊書が自分から
遠ざかるばかりの厳しい環境。
それだけ危機的な状況といえます。

本との素敵な偶然の出会いは
しっかりとした書籍との
つながりがあってこそです。

書籍との出会いを
千三つにしてはならないと

自身の読解力を探りつつ
微力ながらもせっせと
本の動画を配信しています


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2014年9月17日水曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.265

作文と読解力について
動画の制作から考えてみます。


と突然、動画の話をするのは


【本に書き込む勇気】と題して
毎日、主に文庫や新書を1冊ほど
取り上げて本の紹介動画を制作。


youtubeにて、配信しているなかで
ひとがもつ読解力の何たるかについて
深く考えさせられたからです。


動画でご紹介している書籍は
自身が購入し、そのページへ
書き込みをした本(一部雑誌)に
限定しています。

今朝で、80冊目。

当初は本の内容と、頁への書き込みを
なんとか伝えようと腐心しておりました。

いまから考えるとなんて
さしでがましい! とさえ
感じられ、配信開始のころの
動画を見ると、その意気込みに
むしろ微笑ましくなってきます。

この「意気込み」がカラダから抜け
厚かましさが薄まってきたのは

自身が制作している動画が
「本に出会う」ときの思考の流れ
そのままをなぞっていると気づき

より丁寧に紹介の要素を
組み立てるようになってから
といえます。

ちょうど70冊を超えたあたりです。

そんなころ、紙の書籍と
WEBの情報伝達との
関わりについて話題に
なったときです。

ある方がふと

大学院生のころ教授から
図書館のなかを歩きなさい
といわれていました

と語りました。

その言葉をうけたとき

制作している動画につながり
「読解力」の見えてなかった
一面に思いにいたったのです。

そうか! 読解力はなにも

文章に接してから
行使されるだけではなく

文章に出会う、かなり前から
その力は行使されているんだ!

自身の行動を考えてみると
たしかに、新刊書店へ図書館へ
足を運ぶ前からすでにして

まだ見ぬ文章のことを
あれこれと考えている。

書評でチラと目にした
文章のこともあれば

こんな書籍はないかなあと
想像している文章のこともある。

そんなとき、思いもよらない
本や文に出会い、それがかなり
歯ごたえのある内容であっても

手に取り目にした瞬間
棚に戻したくなるほど
理解できないわけじゃない。

となると、文章に出会うまえに
その文章を理解するための
「読解力」がどこかで確実に
働いているに違いない。

そう、思いいたったのです。

言葉にしてみると
当たり前といえば当たり前の
ひとがもつ思考の流れです。

ですが、いま制作しつづけている
本の動画がこの「前期読解力」とも
名づけてみたくなる力に訴えかけている

と考えると、いろいろな現象に
あらためて合点くるところがあるのです。

この「前期読解力」を
【本に書き込む勇気】動画にて
丁寧に掘り起こしていきたいと
そう、考えています


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2014年9月13日土曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.264

作文と読解の力を
身につけるのではなく
行使することにこそ
神経を集中する。


ここ数日ほど文章を
書くことを考えず
ひたすら考えることを
考える自分を感じる


という内燃機関の
振舞いのような動きで
新聞を読んできた
ひとつの結論になります。


現在、巷間賑わせている
新聞社の顛末を冷静に
考えてみますと

そもそもが読み手側が
読解力を身につけなければ
新聞の記事に書かれている
内容を掴み咀嚼することができない

と、決してそうは思ってなくとも
どこかでなんとなく了解していた
ところから来たものではないかと
そう感じられてしかたありません。

ご丁寧に頼んでもないのに
個人の情報を世間さまに
ご提供する教育事業会社と

厚かましくも語彙力検定などと
はじめたころから紙面が顕著に
変化していたことを

読み手として真摯に
受けとめていれば

もっと早くに新聞が伝える
書かれた言葉と健全な距離が
とれていたのではないかと
悔やまれてなりません。

新聞なんてまったく読まない。
なくても別に生活には支障ないし
そんなものに月5000円なんて
高価過ぎる。ネットでタダで
読めるじゃん。新聞って間違ってるし

どこまでも正しいこの思いが

どこまでも辛い
個人で権力と対峙する
環境の固定化を招いてしまう。

それを恐れて、とっていた新聞が
新聞の言葉を精査する時間に追われ
目を通す気さえ失せてきてしまう。

新聞がなにかの“権力”であり
それを感じていたからこそ

知っていながら新聞がもつ
“権力”に対して対価を
払ってきたところが多分にあります。

新聞の威力は、紙に刷られた
大小無数の文字にあります。

ラーメン店の卓上に
ステープラーで閉じられ
油染みた紙面があれば
手に取られる確率がとても高い。

器に盛られた湯気のぼる麺と
同一平面上に文字が並ぶところにこそ
新聞の「真の力」があるはずです。

その場で新聞から読解力をつけよう
なんて思うことは寸毫も起こりえません。

ただ、ん? と感じたことには
持てる読解の力を麺が伸びない程度に
働かすことはあるはずです。

しかし、それは新聞が伝える
個々の事例(事象)であることが望ましく

新聞自体の言葉がもつ真偽性に
呆れ返ることではないように思われます。

新聞が自覚的にも無自覚にも
自らの力を手放していくのは
読み手にとっても損失で
あるように、そう感じられます。

ここでポール・ヴァレリーをひくのは
衒学的にすぎるかもしれません。

ただ、自身の記憶に残すためにも
『我らが至高善 「精神」の政策』の
一文を、書き留めておきたいと思います。

話されたものであれ、
書かれたものであれ、
言葉に対する信頼感は、

足元がしっかりして
いなければならないと
考える人間には不可欠である。

たしかに我々は時に言葉を
疑うことはあるだろう。

しかしその疑いは
個々の事例に限定されて
いなければならない。

強制的な視聴料で成り立ち
全国放映が約束されたなかで
多彩なスキャンダル歴がある
テレビ局の報道ご出身の
「何でも書き屋」さんに

活字の流通が翻弄されている
場合ではないように思います。

頼まれてもいない
妙な決意ではありますが
しっかりと持てる読解の力を
行使していきたいと考えています


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2014年9月9日火曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.263

作文を書くにも書籍を読むにも
文字と接することになります。


最近、その文字についての
物質性を考えることが
多くなりました。


書籍を紹介する動画を制作。
youtubeにて配信するようになり
本日で72冊目となっています。


私が書き込みを入れた
書籍の見開きを一部撮影して
1本の動画に編集する。

この繰り返しのなかで
はじめは書籍が物質であることを
否が応でも感じていたのですが

あるとき、書籍ではなくて
紙面に並んでいる行さらに
ひと文字、一文字自体を
立派な物質として

意識している自分に
気づいたのです。

明朝体のタイポとか
字送り、行送りといった
意匠的な物質ではなく

石や木や肌などと、同じ部類の物質。
文字がそんなものに感じられたのです。

人はそれを「フェチ」
というかもしれませんが

どうもそのように
執拗な偏愛はなく

ただたんに、それなりに
持ち重りのするものを

動画のなかに、つまり
データのなかにせっせと
自分の手で送り込んでいる

そんな感覚です。

個人がもつ妙な感覚のうえに
さらに話は飛躍してしまいますが

ひとが感じるこの物質性を
データのなかに送り込み

データの表現形式をとおして
(今回の場合はyoutube動画)
ひとと共有することの先に

紙の書籍と新しい形態の書籍が
共存する世界が広がるのだろう
とうい予感がしています。

取次システムに胡座をかいた
ミリオンセラー狙いの
書籍づくりと販売により

紙の書籍をつくりだす
人の文化は自滅するかも
しれませんが

紙の書籍自体の存在意義は
滅することはないと思います。

スキンヘッドのゼロ戦男による
単行本ばかり並んでいれば

紙の書籍がもつ存在意義に
気づかなくなるのも
しかたのないことです。

その方向で考えますと
電子書籍が紙の書籍を圧迫する
こともないと思われます。

どこかいつまでたっても
はじめの一歩的な様相を拭えない
現状の電子書籍の形式こそ
消えてなくなる可能性が高い。

そう思われてしかたありません。

現状の電子書籍がもつ
データの永続性には
かなりシビアな視線を
おくったほうが無難です。

自身の考えは、けっして
紙の書籍礼賛ではありません。

ただ紙の書籍に接する
人の感覚を深く考えると

紙の書籍とまだ見ぬ
何らかの書籍が共存する
そんな世界が見えてくる

ような気がしています


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2014年9月6日土曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.262

作文や読解の力を
身につけるために
新聞を活用する


その環境をここで
一度、冷静に考えて
みたいと思います。


結論からいいますと


新聞の記事そして文章を
エンターテイメントとして
ただ単純に、楽しむことができる。


新聞がつくりだすこの環境こそが


新聞を活用しながら

作文や読解の力をつけることへ
繋がると、考えます。


新聞紙面で人を楽しませる
文章を書きたいと考えている人。

そのような書き手を
新聞がつかまえているか?

そんな書き手が人を楽しませるために
寄越した文章に、新聞がしっかりと
紙面や紙幅を割いているか?

そのどちらもがいくらか
担保されているなかで

さらに、そんな文章に
日毎、短い時間で
出会うことができる

という課題がクリアされて
やっと作文と読解の力が
つけられる環境が整うと
考えるわけです。

記事を書いている本人が
どう考えているかはわかりませんが

巷間喧しい「お詫び文」は
かような条件に照らし合わせると
第一級のエンターテイメントであり

さらに、嫌でもすぐに
出会うことができるという
類まれなる条件クリア力によって

作文と読解の力をつけるために
活用できる素晴らしい
教材となっています。

新聞記事がそもそも
エンターテイメントである
ことを小気味よく伝える文を
ご紹介します。

マーク・トウェインは、
文章の軽業師、生まれつきの
<エンターテナー>で、

文学から文学を編み出す
前衛的な作家に似てなくはない
方法をもちいた。

たとえなんであろうと、
もとになるテクストを
手にしさえすれば、

彼はそれをいじくって、
たちまち短編をものにする。

だが、[彼の場合]その原典は、
文学にまったく関係のない
ものでなければならない。

たとえば、シャーマンの
司令官に納入した牛肉の缶詰
についての関係省庁への報告、

ネヴァダの上院議員から
有権者にあてた書簡、

テネシーの地方新聞に
掲載された論争、

農業新聞のコラム、

落雷防止法のドイツ語の手引書、
はては納税用の申告書、
といったふうに。

マーク・トウェイン
『ハドリバーグを墜落させた男』

『なぜ古典を読むのか』
イタロ・カルヴィーノ著
須賀敦子 訳 河出文庫

そのマーク・トウェインは
ある書簡でこう述べていた
といいます。

-ひたすら、大衆という
大きな獲物を追うことに
かまけていた。

それも彼らを
教育するなどという
心がけからではなくて、

彼らを愉しませるために、
できるだけのことをしたいと
考えてきた-

新聞を、作文と読解の力を
身につけるために活用するならば

マーク・トウェインのような
書き手がもつこの誠実さに
接することができる環境があって

はじめて、その活用が
かなうはずです。

長くはなりましたが
そこを冷静に見つめて
いきたいと考えています

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2014年9月4日木曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.261

作文や読解の力を
つける以前の問題に
アタマを抱えています。


言葉と活字の問題を
いまここでどう捉えるか?
ほとほと困っています。


頭の片隅で記憶していた
文章を探し当てたので
ここで、ご紹介します。


大佛次郎 『敗戦日記』
昭和二十二年二月十二日


水口君が来る。
この三四月が危機を
予想させられるので
小説の掲載が問題となり、

乞食大将百拾回ぐらいで
中止ということである。

戦局も世態もそこまで
悪くなっていることならば
已むを得ぬことであるが

敗戦的風潮が社会の
上層の確信?となり
つつある点は驚くに値す。

編輯局長は酔中の発言なるも
戦争はもう済んでいる、
俺たちは戦後の新聞を
作りつつあるのだと
いったそうである。

草思社 1995年刊

それはいまでも
つづいていること。

言葉を伝えたいのではなく
新聞を届けたいのだろう

と考え、けっして
学ばないようにするのみ。

20年前の単行本を
掘り出してやっと少し
冷静になっています。

とはいえ、突き放した
思考がどこかできず
なんだかみっともない。

新刊書の広告と書評へ
ふれるためだけなのに

ムダに悶々とする
朝がつづきます


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2014年9月2日火曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.260

作文と読解の力はなにも
小学生だけがコツコツと
身につけていく能力ではなく


大人こそが、生涯かけて
維持さらに磨きをかけてゆく
力とも考えられます。


そこで自身はいつも


ゆっくりと苔むすように
文章の力を人生のともに
している先達の話に
ふれるようにしています。


どこで、そのような
人や文に出会うか?

出版社が書店にて
こじんまりと配布している
読書人のための冊子

その本だらけの誌面で
パタリと出くわします。

岩波書店なら 『図書』
新潮社なら 『波』
講談社は 『本』
紀伊國屋書店なら 『scripta』

などなど、定価はあるけど
書店員さんに声をかければ
無料でいただける雑誌です。

それらの雑誌、じつは
苔むすような文章の宝庫。

有名な作家によらない

読書好きが読書好きに書いた
思わず涙が流れてしまうような
キラリと光る名文に

ふとした拍子に出会う
確率がとても高いのです。

今日もちょうどお昼前
9月の新刊でも目をとおして
おこうと思い手にした

岩波書店 『図書』
2014年9月号で
苔むす名文に出会い

不覚にも昼間から涙が
滲んでしまいました。

無断掲載になってしまうので
全文はご紹介できないのが
とても悔しいところ。

名文の一部を抜粋して
お伝えいたします。

ビジネスリーダーが
薦める岩波文庫 1

櫻井 修 氏
さくらい おさむ
三井住友信託銀行
特別顧問

日本語の美しさに圧倒された

いつ召集令状が来ても
おかしくない状況の中
自分の人生とは何なのか
寮の部屋で友人たちと
徹夜で語り、議論をした。

やがて友人ひとりに召集令状が来た。
またひとり、またひとり……。
明日入隊、シャバで過ごすのは
今夜限りという最後の時間
彼らは読み残した本を読み
「先に行くよ」と言って入隊していった。

私も、読書家の友人たちが残していった
本をむさぼるように読んだ。
地獄のような現実、残り少ない時間の中で
本を読んでいる時間だけが
「生きている」ことを実感できた。

『にごりえ・たけくらべ』は
明治初期の江戸庶民の哀歓を
美しい日本語でパーフェクトに
表現していた。

「これが俺の育った日本だ」と、
焼け野原の東京を前に、涙が溢れた

全文でないのが、本当に残念。

書店に足を運んでいただき
『図書』 9月号を手にして欲しい
そんな文章です。

櫻井氏は、ほかに 『いきの構造』と
『山月記・李陵』 をあげて

いまの若い人たちに
日本語の美しさに目覚めてくれればと
短い紙幅で語っています。

読書は人と人とを、言葉と言葉を
そして人と言葉を、時間を超えて
つなげる静かな力があると

あらためて確信するに至りました。

自身は、やはり読書とは人にとって
必要な「理想(主義)」を現実に据える
大事な時間と、そう考えています。

その時間を、自ら手にする力が
本当に必要な読解力かもしれません。

ちなみに、岩波は好きではありません


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2014年8月31日日曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.259

作文と読解の力をつけるようにと
小学2年生の長男がコツコツと
夏休みにはじめた、詩の書き写しと
写した詩の感想と挿絵の創作。


8月31日(日)夏休み最後の日に
かれが、夏休みの集大成として
今朝、ひとり詩作を行いました。


その作品を、ご覧いただけ
ましたらと思います。


あめ

そらから
しずくが一つぶ
ポトッ

そらのなみだかと思ったら
ぽとぽとぽとあめでした
あめはそらのなみだかと
そらにかおがあるのか
あめはそらのなみだ
かおからしずく一つぶ
大つぶこつぶと
ぽとぽとどんどんどんどん
おちていき
それがいつか
大きなきれいな太ようが
でてくると
みんながえがおにっこり
ぱっと
せかいじゅう

あかるく
わらい……

2014年8月31日

添削なしの「撮って出し」です。

かれの創作ノートを見ると
最後の「わらい……」になる行で

「わらい」と「わらう」で
書いたり消したりのこすり跡。

どちらかと悩みつづけたとのこと。
さらに、2連にこだわったそう。

ことばで何かを捉えて行こう!
という彼の顔に滲み出る心意気を
ゆっくりとたっぷりと褒めて

長かった小学2年生の
夏休みも、これでおしまい。

ことばでしっかりと
かんじたことを
つかまえられるように
たくさん詩を書いてください

そう残した朱筆を置いて
自身の読書に戻ります。

子どもが送る夏の40日間は
その日その日はとても
のっぺりしているのに

終わると限りなく濃縮された
時間のように感じられます。

と、本人が思っているか
わかりませんが、ともあれ

かれが、なにかをつかんだのは
どうも確かなようです


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2014年8月29日金曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.258

作文と読解の力の基になる
思考力をつける習慣を

この2014年の夏休み
小学2年生の長男と
行ってきました。


その習慣とは、毎朝
疑問をスケッチブックに
書き出していくこと。


彼は、小一時間かけて
白紙の画面にえんぴつで
日々、5つ以上の疑問を
書き連ねていきました。


どうして耳から音が
きこえるんだろう
7月29日(火)

電子レンジはどうして
あたたまるんだろう
7月31日(木)

夏休みはだれが
きめたんだろう
8月1日(金)

人はどうして
しんじゃうんだろう
8月2日(日)

数字はどの国から
生まれたんだろう
8月4日(火)

昔はなにで旅行を
していたんだろう
8月15日(金)

時間をつくった人はだれ
8月20日(水)

花火はどうやれば
きまったかたちになるの
8月24日(日)

ろうそくもでんきもない国は
どうやってくらしている
8月28日(木)

などなど、彼が懐いた
疑問の一部になります。

答えは調べないで
ひたすら疑問を
言葉にしていく。

このさまざまな疑問を
思いつくことで、かれの
何かがかわったか?

自身から見て、一見
何もかわっていません。

ただ、疑問を
考えているときは
時間を気にしない

そんな新しい一面を
見せるようになりました。

さらに、朝だけでなく
時間差で、疑問について
聞いてくることも。

どうやら、気になった疑問は
頭のどこかで考えつづける
ようになったようです。

どれも、彼の外に現れた
ちょっとした言動から
推測しているだけなので

彼の内なる部分に生じた
確たる変化かは、どこか
わからないところがあります。

たぶんおそらく、長男は
当面、テストや学校の
成績は思わしくないかも?

と、自身は確信しています。

時間内にテストの
問題を全問解くようなことは
まず、できないハズです。

ですが、それ以上に彼は
考えることに自信をもったと

そう、身近にいる大人として
やんわりと、感じています。

責任をもって自身が
長男と考えることの楽しさを
しっかりとわかちあう

夏休みが終わり
2学期を迎えるにあたり

つぎは、自身が柔軟な
思考力を使っていかねばと
心しているところです


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2014年8月26日火曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.257

作文の世界から少し離れ
本日は、小学2年生の長男と


母校の多摩美術大学が
企画・運営している


生涯学習プログラム 2014
好奇心の学校 あそびじゅつ
多摩美術小学校開校へ
参加してきました。


子どもを講義に預けたあと
しげしげと踏み込む
鑓水の八王子校舎。


その変貌ぶりに
ただ、ただあ然となり
息を呑みました。


いちばん驚かされたのは
2007年に完成した
新・図書館の充実ぶりです。

その新しい空間は
美術・芸術を知の領域で
発展させるための場に
なっており、自身のなかで

生まれてくる時代を
間違ったのではないか
とも思わせる

そんな知の集積と開放。

敷地の向かいには
新興の住宅街が開発され

ここに引っ越してきても
いいのでは? とまで
思わせる変貌でした。

いまのいままで、よくもわるくも
人間以外には褒めるところの
ちっともない大学と思っていた
認識が、ひっくり返り

まさにパラダイムのシフトです。

で、帰りの車のなかで
子どもの話に耳を傾けながら
冷静に考えたところ

大学の新図書館が機能として
素晴らしいのもさることながら

これからの知の方向性を
具現化したその思考が
卓越したものをもっていた
ことに気づきました。

「本は個人でもつものではない」

文字で表すとしごく単純ですが
かなり深いところにある思考です。

どんな本にも書き込みをし
書籍は読みたおすためにあると
考え実践してきた自身にとって

1冊の本こそが、知の「ノード」と
考えていました。しかし、いまや
知の「ノード」は、図書館であり
書籍は「リンク」でしかない

新・図書館をくまなく見学して
そう考えるようになりつつあります。

図書館とは、もともとそのような場でしょ。
と、云われてしまえばそれまでですが

本や雑誌を1冊づつ、つくることに
関わって来た身には、正直なところ
見ているようで見ていなかった
ところでもあります。

話を、あそびじゅつに戻して
講師役をつとめられた教授。
海老塚先生の終わりのことば

制作は終わりのないゲームです。
いつまでも試行錯誤をつづけましょう。
できるかな? やってみてください。

子どもが、制作で苦闘したのち
先生のことばに触れられたのは
とても幸せなことのように思います。

少子化時代の子どもは
機会をつかめるという意味で
とても恵まれています。

肯定的な面をもっと
見つめていかねば

そう、考えています



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2014年8月24日日曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.256

作文をはじめとする文章について
個人の感覚に属する範疇にあるので
指摘されることは少ないのですが


文章そのものがもつ「熱さ」そして
「冷たさ」と呼べるものがあります。


伝えたいことと、伝えたいひと。


書き手がどちらにより近く立っているか
で、文章が「熱さ」をもっているのか
反対に「冷たさ」を纏っているかが
読んでいるうちにわかってきます。


伝えたいことに近いときは「熱さ」。
読み手に近いときは「冷たさ」と
概ね、こういうことができます。

ひとつの書籍、作品が「熱さ」
だけで書かれることは少なく

「冷たさ」のある文章とで
構成され、自然と読み手が
息をつけるようになっています。

「熱さ」だけの文章があれば
空気循環のない密室で、ラー麺を
味わっているようで、自ずと
ページはパタリと閉じられます。

「冷たさ」だけの文章も
味のわかりきっているお冷だけ
出されて、待たされつづけるようで
注文した品が出されないうちに
そそくさと、お暇してしまいます。

この文章の「熱さ」「冷たさ」を
利用して、本編を読んでいない書籍が
自分にとって面白い本かそうでないかを
数分で、判断することができます。

本の【あとがき】です。

「冷たさ」のある文章で
最後までお供をしてくれた読者に

「熱さ」のある文章で構成された
本編の内容を、もう一捻りして
ちょこっと、再解釈してくれる。

著者によるこのような
丁寧なサービスがあり

読者としての自分が
書き手のいわば「親心」に
触れることができれば

その書物は、いつか時間をとり
ひとりじっくりと読んでみる
価値が十分あるものと判断できます。

著者による【あとがき】にあわせて
他者による【解説】を先に読み

「冷たさ」のある文章で書かれた
解説のどこかに、「熱さ」の思わぬ
味わい方が記されていれば

やはり、手にとったその本を
最後まで読んでみる価値があります。

話が前後して、申し訳ありません。

はじめて手にした書籍はすべからく
書籍の奥付(発行日などが記されている頁)と
あとがき、解説の頁へ真っ先に目を通します。

結末を知らずに楽しむ部類の
書籍は、この限りではありません。
掟破りの【あとがき】もありますから
どうぞ、しっかりとご注意ください。

最近の読書で、実例をご紹介します。

【あとがき】で完読を保証された書籍に
『近現代日本史と歴史学』 成田龍一著 中公新書
この書籍は、【まえがき】も素晴らしいです

【まえがき】で完読を保証された書籍に
『非線形科学』蔵本由紀著 集英社新書

【解説】で完読を保証された書籍に
『猫を抱いて象と泳ぐ』小川洋子著 文春文庫

などがあります。

いずれも「冷たさ」のある文章で
「熱さ」のある文章を味わう方法を
ちょこっと教えてくれる

独特の小気味よさがあります。

昨夜 庭前 葉に声有り
陶陶と読書を楽しむ秋が
すぐそこまでやってきています。

暑さの残るこの時期、書店や図書館にて
「冷たさ」のある文章に、ちょこっと触れ
秋のお供になる一冊を、探してみてください


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2014年8月21日木曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.255

作文や読解そしてふだんの会話。
ことばにまつわる数々の実力は
何によって身につくのか?


大上段に構えた疑問を
ちょっと考えてみます。


答えからお伝えします。


ことばに関する実力は
人を不安定にさせるものを
楽しんでしまう感覚に
蓄積されていきます。

自分を揺さぶるようなものは
ときに忌み嫌うもので、それらを
楽しみすることは難しい。

ただ、揺さぶられている
当の自分を楽しむことは
忌み嫌うこと自体を楽しむよりも
いくらかやさしいと思います。

何事かをことばにしていく力は
この揺さぶられている自分自身を
ことばにすることでついていきます。

不幸な出来事が自分の身に
突如、ふりかかってきたとき

「ことばにならない」そんな
状況に、どうしても陥ります。

そのとき、出来事それ自体に
大きく揺さぶられてしまい

さまざまな苦痛からその出来事を
ことばにすることができなくても

揺さぶられている自分を
時間をかけゆっくりとことばへと
変換していく。その行為が

いまいる自分を安定させていく
ことへとつながっていきます。

状況として「楽しむ」ということが
世間的に、たとえ不謹慎であっても

自分自身をことばに変える
そのことをゆっくり楽しんでいく。
ここに、ことばの力が生まれます。

そのようにして出来上がったことばが
もし、人に伝えにくくなっているとしたら
そのときは、まわりを疑っていきます。

不安定を「楽しみ」ながらことばにして
安定させた自分自身の精神的な作業を
疑ってしまうことは、次なる危機を
自分に招いてしまうからです。

と、大上段とこわったゆえ
なにやら小難しい話に
なってしまいましたが

結局のところ

ことばにまつわる実力は
なにも、国語の勉強だけで
身につくものではありません。

そう、お伝えしたかったのです。

自身は、数え45歳となり
ご老人がたくさんいらっしゃる
病室に入り、遅ればせながら
このことに気づかされました。

日毎、病室やベンチで繰り広げられる
ご老人の艶話、恋話。そのさまざまな
修羅場について語る彼らがもつ
ことばの力は、決して座学で
身につくものではありません。

不謹慎なぞ、ものともせず
たとえば、ふたりでたっぷり
脚を蚊にくわれて……と語りだす。

つづきは、ご想像にお任せします。
国語の学童では、この辺で


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2014年8月18日月曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.254

作文と読解の力は
本を読んだり、文章の技術を
習得するだけで身につく
ものでもありません。


実際に、口と耳を使って
会話をつづけることからも
作文と読解の力を
身につけることができます。


とくに生と死にまつわる事柄に
関しては、書物よりなにより
人と動植物、つまり生き物の
なかに自分を置き接することで


疑問を疑問として理解しながら
なんとか納得しようとする力を
手にすることが可能になります。


と、もってまわった言い方を
しているのは、他でもない
小学校2年生のわが子が

「ばあばは死んじゃうんだよね」と
布団のなかで泣きだしたからです。

もちろん、当のばあばは
元気でいつもどおりピンピン。

かれが自身で死と祖母を結びつけ
いつか来る日を思い、悲しみが
寝際をおそったようです。

そうか、死にまつわる疑問から
悲しみそして得も言われぬ恐怖を
心のどこかに抱え込むように
なったんだなあと思う一方で

自身が昨夏、2回の手術で
同意書を主任看護師さんへ
手渡したときの心境に
ふと、思いを巡らせました。

医師のレクチャールームで
執刀医を待つ間、ベテランの
看護師さんへどこか打ち明けたい
気持ちに駆られ-

死って突然やって来るとは
思えないんです。小さな死が
体のどこかにあり、徐々に
生を占領して、あげく死が
訪れるように思うんです。

どんなに健康でも、体の
どこかで死が動いている。

だから怖いと思えば怖いし
そんなものかと体のなかの
死を飼い慣らした気でいれば

手術は、生と死の境界線を
ズラすことなのかなあと

そう思って同意書に
サインしました

-そんなことを伝えました。

手術前の自身は、記憶があるなかで
なぜか、いちばん冷静でした。

どこでその納得を得たんですか?
と、いったん言葉を閉じてから

何人もの死を見てきましたが
私もそう感じています

と、手術に必要な持参の備品を
確認しながら応える看護師さんの
姿が、ちょうど1年たったいまでも
目前に、ありありと浮かんできます。

自身の死生観は置いておくとして

生と死にまつわる感情と意思は
どうしても生きた人と人の間でしか
伝え合うことができない。

そこは文字の領域ではなく
声と、その声に応答する声だけが
人を人たらしめるように感じられます。

おそらくその声の領域こそが
本来の意味での読解、了解することの
時間と場であると、そう思います。

書物にあたるまえに
人物にあたり了解を得る。

そんな「読解の力」を身につける
子どもが得たとても稀な機会を

大事にしていきたいと考えています



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2014年8月16日土曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.253

作文を書くことが
多少なりとも好きになると
他人の文章がとても
気になってきます。


そうなると文章
それ自体に心を奪われる
ことが頻繁に訪れ


さらに上手い文章に出会うと
つり革に手をかけている
電車のなかだろうが


静かな図書館の
開架前だろうが


ところ構わずその場で
ニッコリと微笑む
ようになります。


このニッコリが
どこから生まれるか?
かなり昔からの疑問で
記憶をたどると

何年生だったかは
さだかではないのですが

小学生の夏休みに
どくとるマンボウ航海記を
ひょんなことから読んで
頭がガタガタと鳴ってから
の疑問だったような気がします。

で、そのマンボウ航海記で
鳴り響いたガタガタの
感触を思い出した文章に
およそ40年後に出会ったので
ここに、ご紹介します。

僕は著者として
感じていることを知りながら

同時に読者が感じていることを
知ることができます。

これはとてもいい。

どんどん先に書き進む
ことができます。

というのは僕は読者と同じように
次に何が起こるかを一刻も早く
知りたいからです。

『夢をみるために
毎朝僕は
目覚めるのです』

村上春樹インタビュー集
1997-2011
村上春樹 文春文庫

昨夏、大病で1月半ほど
入院していたときに読んでいた
1冊を見つけ、パラパラと眺め
目に飛び込んできたくだりです。

上手い文章に出会うと
ニッコリの生まれる理由が

「丁寧な時間」に巻き込まれた
幸運に思わずニンマリしてしまう

そんなところに
あるのではないかと

村上春樹の言葉を読んで
ハタと気づきました。

そういえば、病室でも
同じことを考えており

「丁寧な時間」云々という
ことばに行き着いたのは

2つの手術を控えている身で
ことほか「丁寧な時間」を
意識していたからだったことを
またここで、思い出しました。

なにか思い出したり
気づいたりばかりですが

そもそも、国語の学童
よみかきのもり を
はじめよう! と考えたのは

上手い文章に出会ったとき
ニンマリすることの楽しさを
少なくとも、わが子とは
共有しよう!

と、考えたからでした。

ところで、本ばかり読んでないで
自分の思考を冷静にたどる時間が
大人には1日のどこかで必要だと

最近、深く思い知らされています


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2014年8月14日木曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.252

作文に一行日記
自然観察に自由研究。


8月も15日に迫ると
さすがに夏休みの宿題に
少しは目配せしないと
厳しい状況をむかえてしまいます。


そこで、小学2年生の
わが子による自由研究を例に
宿題のひとつ、自由研究を


身近なモノを使い
2週間で楽しく完成する
コツを、お伝えします。


かれが今夏、研究対象に
定めたのは、バーコード。


自由研究は、研究対象を
眺めることで、その90%は
完成してしまいます。


ただし、対象を眺めながら
根源的な疑問を出すことが
条件になります。

ここが、自由研究の
最大のコツであり要点です。

研究対象を眺めながら
根源的な疑問を出す。

これさえしてしまえば
大げさな実験も検証も
小学生らしからぬ
プレゼンの体裁も
まったく必要なくなります。

反対から眺めると
研究対象から疑問が
出てこない場合は

膨大な文献にあたり
資料をまとめても
自由研究としては
残念ながら

未完成に終わります。

さて、かたっぱしから
バーコードを集めノートに
貼ったわが子との疑問出し。

切り抜いたバーコードを
前に、どんな疑問が
出てくるのやら期待半分。
テーブルで会話が
はじまります。

バーコードに1本
線をつけたらどうなるかな?

いきなり応用から
はじまった疑問。

さて、どうなるんだろうね。
バーコード眺めていて、もっと
根本的な疑問は出てこない?

どうして線の太さが
違うんだろう?

すごい! いいね!
どうしてなんだろうね。
おなじような疑問
もっと出てこない?

喧々諤々、子どもが
たどり着いた根源的な
5つの疑問はつぎのとおり

1.どうして
数字と線だけなんだ?

2.どうして
文字が入っていないの?
※数字以外の文字

3.どうして
よこ線じゃないの?

4.どうして
線の太さがちがうの?

4つめで、最大の行き
詰まりが訪れ悩む子ども。

よーく、バーコードを
眺めてごらん!

弟(幼稚園の年少さん)でも
出て来る単純な疑問だよ!
見たまんまなんだから。

5.どうして
1色だけなんだろう?

はい、出てきました(笑)。
疑問は、言葉にされると
はあ、そんなことと思うけど

その単純な疑問を
モノを眺めながら出し
簡素な言葉にすることは
じつはとても難しい。

そこを、子どもと共有し
研究の手順作成へと進行します。

1.バーコード集め
2.ぼくの疑問
3.調べる
4.ぼくのバーコードづくり
5.実験 スーパーマーケットで
こっそり自作コード読み取り
6.感想

最大のお楽しみである実験は
バーコードの疑問を調べあげた
知識による自作バーコード
(おそらく手描き)を

スーパーマーケットの
セルフレジでチェックする
というアンタッチャブルなもの。

知識はつかってなんぼ
ですので、ここは親子で
ちょっとだけ線を越えようと
考えています。大丈夫かなあ。

夏休みもあと残すところ
2週間とちょっと。

身近なモノから
子どもが疑問を導き出し
まとめる自由研究には
ちょうどよい期間です。

ぜひ、子どもと大人で
テーマをみつけて
楽しんでみてください。

どんな夏のイベントよりも
心に残る思い出に
なるかもしれません


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2014年8月12日火曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.251

作文にはじまる
夏休みの宿題の
手を休めて


ここはお盆休みなので
のんびりと過ごす
お供をご紹介します。


自分のもつ感覚と
審美眼を活かして
音楽を楽しむサイト


soundcloud


プロ・アマ問わず
世界中のアーティストが
自信作をアップ。
共有するサイトです。


作品を世に送り出す
アーティストも挑戦ですが


なによりその作品を味わう
聞き手も作品にコメントを付し
参加することで


音の感覚とそれを
小気味いい言葉にする
語感を試されます。


英語、仏語、西語に
アラビア語……

コメントの言語は
ワールドワイド。

悲しいかな日本語の
コメントは、ほぼ皆無なので
自身の得意とする外国語での

コメント入力になります。

実際に、コメントをすると
身につまされるのですが

音楽を聴いて、感じたことを
その場で言葉で伝えるとき

武器になるのは、外国語力ではなく
じつに、日本語力なのです。

つまり、母語の深い構築力
その重要性を、思い知らされます。

自身は、仏語で入力しますが
もちろん実力の問題もあり

どこか平板なコメントに
なるのは否めないところ。

しかし、母語の頭で音に
触発された自身の感覚に対峙。

曲に分け入っていく過程で
仏語の語構成と単語が
引っぱり出されると

拙さの残る平板な
仏語のコメントを
乗り越え、ちょっと深く
小気味いい言葉を

作品に伝えることが
できたように感じます。

はじめから仏語で書いてやろう!
と色気を出すと仏語にならない。

感覚のどこで母語が
仏語に変換されているのか
その瞬間がハッキリは
掴めないのですが

母語で曲に分け入った
どこかの地点にその転換点が
あるようです。

ひょんなところから
母語の重要性を思い知ったお盆休み。

またまたひょんなところから
たまには本を閉じる必要性も
感じているところです


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2014年8月10日日曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.250

作文の宿題そして
課題図書と感想文の
夏休みも中盤。


ここで1冊ほどは
読んでおかないと


虫が盛んになくころに
苦しい思いをする。
気づくとそんな時期に
さしかかってきました。


で、課題図書。
読書は好物なのに
感想文が大嫌いで


そのまま、先生が
理由も説明せず
押しつける


夏目漱石を読みもせず
なんだか嫌いになり


恥ずかしいながら
数え45歳になるまで
避けてきました。


おなじく押し付けられた
宮澤賢治はどれも
生理的に受け付けず
教科書だけのまま
いまに至っています。

そのいまにいたるまで
避けていた「文豪」

夏目漱石が子沢山で
数え45歳で行った講演が
あることを思い出し

『私の個人主義』を手にとり
目次から一読したところ

めったになにしない一夜完読。
深く考えさせれました。

考えさせられたのは
かれの「子沢山」です。

私は家に子供が沢山おります。
女が五人に男が二人、〆て七人
それで一番上の子供が十三ですから
赤ん坊に至るまでズッと順よく並んで
まあ体裁よく揃っております。

明治44年8月に堺で行った
朝日新聞の『中味と形式』
と題した講演会で、そう
夏目漱石は語っています。

処々の異論は承知のうえ
やはり夏目漱石は、江戸・東京の
生活者であり教育者であり
思想家だったんだなあと
そう、深く納得しました。

自身には「子沢山」の
思想があるとかたく
信じているところがあります。

ヘーゲルしかり
ディケンズしかり。

前者は、育児放棄で
当時、スキャンダルを
招いたようですが。

この「子沢山」の思想とは
子はたくさん産んでもうけ
つとに育てなければならぬ
という思想ではありません。

私のなかで-

「子沢山」の思想とは
養育する子どもの多い
男つまり父親が直面する

圧倒的な孤独の時間を
下敷きにした思索。

そこから、滲み出てくる
思想のことをいいます。

話は飛躍する
かもしれませんが

その「子沢山」の思想には
共通してホッブスが
横たわっています。

万人とか平等とか闘争。
あげくリヴァイアサンなる
人格の創出へと導く思索。

ホッブス自身が
子沢山だったとは
寡聞にして耳にした
ことはないのですが

子沢山のヘーゲル
ディケンズ、夏目漱石には
ホッブスの説く「人の安定」が
見え隠れしているように
そう思われます。

そして、さらに飛躍して
「子沢山」の思想とする
夏目漱石の言葉をかりて

願わくばこれからの生活を

--実現の出来る程度の
理想を懐いて

ここに未来の隣人
同胞との調和を求め

また従来の弱点を寛容する
同情心を持して現在の
個人に対する接触面の
融合剤とするような心がけ--

夏目漱石が大切だろうとする
そんな心がけで導いて
いければ、と思っています。

現代でいえば子沢山の男。
3人の男児の父親として

数えで45年目に出会った
数えで45歳の夏目漱石の言葉を

日常に活かしていければと

朝からの子どもの秩序ない
騒ぎにメゲながら考えています


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2014年8月8日金曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.249

作文を書くときには
言葉を探すことを
自然と行っています。


その言葉を探すときには
言葉の背後にある音を
どこかで聞き取りながら
文字にしています。


このことを、日本語の
「語構成意識」として
紹介している書籍に
最近、出会いました。


『日本語の考古学』
今野真二・著
岩波新書1479です。

例えば、マツノキとヒノキ。
「松」の「木」と複合語で
捉えるか? マツノキを
「檜」のように一語で
認識するか?

著者は-
自分たちが使っている日本語
特に古くから使っている日本語の
語構成をどの程度「感じる」ことが
できているのだろうか。

それはことばに歴史を
感じることができるか
という問いでもある。

と記しています。

以前、お伝えしました
まさに、いま自身が
疑問としている

「現代の口語日本語が
名詞を蔑ろにしている
だろう」現状の一端を
明らかにしている
ような文章です。

どうやら
日本語が持っている
音と名詞の関係。

この関係が時代を
経るにしたがって
どう変化してきたのか?

ということは
日本人がもつ語構成の
意識を変化させてきたのは
何なのか? を探ることで

現代の口語日本語が
どのように名詞を
蔑ろにしてきたか?

そのひとつの答えが
見えてきそうです。

余談です。

学生時代のように
四苦八苦してやっと
手がかりがつかめました。

やはり書店と図書館。
自身の蔵書がモノを
いいます。

ネットは、にわかの興味に
その威力を瞬間発揮する
「近くて遠い情報」と
つくづく感じています


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2014年8月6日水曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.248

作文と読解の力を
身につけるとき


心にふと浮かぶ
小さな疑問について
考えてみます。


その疑問とは-


書きたいことは
自分の身に起った
ことだけども


ちょっと考えれば
それは誰の身にも
時と場所は違えど


やはり少なからず
生じていることで


いまさら自分が
ここで書くほどの
ことでもないかも?


という、じつは
根本的な疑問です。


そうそう特殊な出来事が
生きている間にポンポンと
起きることは少なく


作文を書く時間が
得られているということは
静かな落ち着いた時を
そこでは過ごしているわけで


作文を書くということを
正直に感じ考えると
いっこうにその筆が
進まなくなるのです。


そんな経験を
小・中学生のときに
したことがある人は

少なからずいる
のではないでしょうか?

じつはこの疑問に囚われ
まったく作文が書けなくなった
そんな時期があります。

この疑問をやり過ごして
いるだけで、解決していなかった
自分にはたと気づかされた
文庫新刊に出会い

そこにひとつの
答えがあったので
ちょっと長いですが
ご紹介します。

世界と人間

散文とは、言葉を通じての
ものごとの表現であり、
言葉を通じての表現とは、

ものごととわたくしとの
関係を限定することだと
いう場合に、限定するのは、
もちろんわたくしであって、
他の誰でもありません。

しかし、わたくしは、
ものごとの関係をわたくし自身に
対してだけ限定するのではなく、
同時に他のすべての人に対しても
限定するのである。

別の言葉でいえば、わたくしは、
わたくし自身に忠実である
ことがそれだけわたくしの
判断を普遍的にするという
信念に立って、世界を判断し、
意味づけるのであって、

わたくしの気ままな思いつきを
満足させるために
そうするのではありません。

世界と私との関係を限定することは、
わたくしにとって、世界と人間との
関係を限定することです。

『文学とは何か』加藤周一著
角川ソフィア文庫

~わたくし自身に忠実である
ことがそれだけわたくしの
判断を普遍的にするという
信念に立って~

小・中学生時代に、このような
信念を共有することができれば

作文を書くこと、書籍を読むことが
どこまで楽しい時間になったか。

やはり文章の技術だけでは
作文を書きたくなる思いが
生じることはありません。

とてもとても長くなりましたが
自身は、子どもたちとこの信念を
ゆっくりと共有しながら

子どもとともに
作文を書くことの疑問を
ゆっくり育んでいきたいと
そう考えています

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2014年8月4日月曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.247

作文の力をつけるには
育児の時間での会話と


なによりも自分に合う
文章のお手本を
見つけることにあります。


誰もが云う鉄則です。


自身が理想とする文は
詩のような文章です。


そのひとつをご紹介します。


私の郷里柳河は水郷である。
そうして静かな廃市の一つで
ある。自然の風物は如何にも
南国的であるが、既に柳河の街
を貫通する数知れぬ溝梁のに
おいには日に日に廃れゆく
旧い封建時代の白壁が今なお
懐かしい影を映す。

※溝梁(ほりわり)

北原白秋 第二詩集『思ひ出』
序文「わが生いたち」の中の
一節になります。

これは自身の深い深い
思い込みでもあるのですが

「(没落)商家」出身の文学者
小説家が書く詩や散文からは

華やかな容姿のもとから
漆黒の影が伸びているような
どこか独特な画が感じられます。

さらに、詩が散文になり
散文が詩になっている
文章をみつけることが
多くあります。

そうはとれないと
思う方もいるかも
しれませんが

谷崎潤一郎に、
植草甚一と、小林信彦。
つけ加えて、橋本治など

自身の思い込みの
範疇にいる文学者と
小説・随筆家です。

脈々と受け継がれていく
日本語のなかで、自分の
カラダに馴染む文章を
見つけ、たくさん触れていく。

いつまでたっても
十分な文章力を身につけた
ような気がしないからこそ

誰もが云う地味な作業は
何歳になっても繰り返す
価値があると感じています


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2014年8月3日日曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.246

作文と読解の力に
創作の楽しさを身につける
子どもの実践について
ご報告します。


長い夏休みだからこそ
まとめてどっぷりと取り組む。

さらに毎日・毎朝コツコツと
読み書きを積み重ねていく。


そんな日課を夏休みに
入ってから、わが子と
実践しています。


小学2年生の子どもが
取り組んでいるのは

図書館で自分で
探してきて選んだ

堀内誠一・絵
谷川俊太郎・訳
マザー・グース・著
『マザー・グースのうた』の

書き写しとその感想
そして詩作です。

詩集をめくって
気になった詩を
ノートに書き写し。

感じたこと
疑問に思ったこと
考えたことなどを
書き写したヨコに
綴っていきます。

夏休みに入り
7月から8月へ

ちょうど1週間ちょっと
たったところです。

はじめは、詩の面白さに
圧倒され、とおり一辺倒の
感想を、ちゃっちゃと
書いていた子どもが

マザー・グースの
詩の言葉に分け入っていく
かのような思いを綴る
ようになっています。

と思いきや作品に触発され
詩作をはじめたいと云い出し

言葉を探しながら
詩をつくり朝の時間を
過ごしています。

詩のいいところは

正解どころか
答えのない疑問と出会い
その疑問に刺激され

子どものなかにある
疑問が言葉となって
この世に出てくる
ところにあります。

正解のない、答えのない
疑問にどれだけ出会えるか?

小学2年生の夏休みに
わが子が挑む課題は
あとひと月ほどつづきます


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2014年8月1日金曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.245

作文にはじまる
さまざまな文章。

スラっと書けたら
どんなにラクか?


宿題・課題に追われる
子どもはもちろん
些末事に追われる大人の
願いでもあります。


そのスラっと書ける
コツをひとつお伝えします。


書かなければならないもの
書きたい出来事をまるごと
受け取り、限りなく近づく
というコツです。


自身は極度の近視なので
眼鏡を取ってモノを見るときは
鼻の先まで、近づけてもしくは
近づいて行き確認します。

近視眼というと
目の前のことしか理解できない
全体を見渡す能力がない
将来を見通す習慣がない

など散々な云われようで
メゲてしまうのですが

近づいて顔やカラダを寄せ
モノをまるごと確かめるクセを

厳しい慣用句を横目に捉え
積極的に活かしています。

どのように活かすか?

見たいものにムダに近づくので
いつも危険と不安が伴います。

そんな危険を冒し
不安に苛まれながらも

くっきりはっきりと大きく
質感まで見えたときの嬉しさ。

そこをいつも文章を書くときの
きっかけとして活かしています。

話は飛んで、美術館。
展示されている絵画を
鑑賞するとき

鼻先に画面が来るまで近づき
筆が描く立体的な流れを
息を殺して文字通り見つめます。

この危険と不安は
並大抵のものではありません。

監視の方に注意どころか
追い出される「危険」。

同室にいるたくさんの鑑賞者に
白眼視されているだろう「不安」
が、つねにつきまといます。

しかし、この視線とドキドキが
作品を描いているときの
画家の明晰な視線や心の高揚と
どこか一致するように思え

何十年とやめられないでいます。

例えば、風景画家は
確かに自然が織りなす世界を
俯瞰しながら絵を描いています。

ですが、描いている絵の画面に
鼻先をつけるまで顔を近づけ
筆の表情を確かめている
はずなのです。

もちろん画面からどこまでも
遠ざかり、全容を確かめることも
また一方で、重ねています。

ですので、鑑賞するときに
遠くからは眺めるけど
うんと近づいては見ないは

絵のいちばん楽しいところ
見ていないような気がして
ならないのです。

作品から2、3歩さがった
位置よりしげしげと眺めるのが
いちばんもったいないのは
言うまでもあまりません。

文章をスラっと書く
話に戻します。

書かなければならないもの
書きたい出来事をまるごと
受け取り、限りなく近づく

そのときの危険と不安が
自分の喜びに変わる
瞬間を捉え文章にすると

いくらか、スラっと
書けるようになります。

対象を冷静に俯瞰し
理知的に捉えるだけで
文章を書こうとするのは

あくまでも理想に
とどめておきます


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2014年7月31日木曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.244

友人の告別式に参列。
長野からの帰路、SAにて
魂そして霊を送る言葉に
思いを巡らせています。


35歳、これから働き盛り。
3月に入籍。8月を迎え
結婚式を控えていました。


言葉がこれほどまでに
人のなかにあるものかと


いまだその死が信じられない
生前の友人を偲びながら

ご冥福をお祈りしています



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2014年7月30日水曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.243

作文を書くとき
まとまった文章を
読解するとき


また育児の時間で交わす
会話で肝となるのは名詞。


ふだんは◯◯の名、程度で
あまり意識しませんが


じつは文章の骨格をなす
とても大事な要素です。


その名詞の存在感を
存分に味わうことのできる
詩を、漢詩からご紹介します。


四時読書楽
しじどくしょのたのしみ
と題された朱熹の詩です。

冒頭の四文

山光照檻水繞廊
さんこうかんをてらして
みずろうをめぐる

舞ウ歸詠春花香
※ウ(あまひき)
ぶうきえいすれば
しゅんかかんばし

好鳥枝頭亦朋友
こうちょうしとう
またほうゆう

落花水面皆文章
らっかすいめん
みなぶんしょう

意味です。

輝く春の山がてすりを照らして
きらめく水流が廊をめぐる

天に祈る高いところから
詩を詠みながら帰ってくれば
春の花は香ばしく

よい声で歌う百千鳥も
また友のようでいて

水面に落ちた花もすべて
自然の文章を成している

と、おおよそこのような
内容を、詩っています。

白文(原漢文)を眺めると
名詞の総出演。ものの羅列
といっても過言ではありません。

でも、ただ名詞を
つなげただけではない
瑞々しいばかりの意味が
感じられます。

名詞のたった一語でも
ひとつの文に相応しい
ほどの情報を含んでいる。

そう捉えることができます。

名詞のもつ奥深い表現力。
文章でこの底知れない力を
生かさない手はありません。

ですが、現代口語日本語で
この名詞の力を活かせるか
というと、ことは単純では
ないような気がします。

一語でひとつの文に
相応しほどの情報を
含んでいる名詞がない

というよりは
文章の書き手、受け手に

名詞に情報を込める能力
名詞から情報を豊かに
引き出す能力が薄れている。

そう感じられるのです。

ひとつには自身も含め
日常使っている
現代口語日本語で

名詞を蔑ろにしてきた
結果かもしれません。

どのように名詞を
蔑ろにしてきたか
これからゆっくり考えて
いきたいと思います



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2014年7月29日火曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.242

作文を書く力や
文章を読解する力を
子どもといっしょに
育児の時間で育むとき


自分たちが
思っているほど


現在の日本語は
絶対のものではないと
ひしひしと感じています。


明治期に現在の
言葉につながる
日本語ができて
一世紀半ほど


そこから日本語が
変わりつづけている
と、よく言われます。


そんな話を耳にすると
自分がなぜか日本語を
崩している側かも?

と、とても後ろめたい
気持ちに駆られます。

ですが、最近。
日本語がつねに
変化しているのなら

いっそのこと積極的に
変える側にいてしまおう!
そんな気持ちになっています。

和語、漢語、日本漢詩と
近代の文語調に
現代の口語日本語
そして仏語と

よみ(一部)かきしてきて

もうひと回り大きい
日本語があるのではないか?
あるのなら、そこで

何がでのきるか?

いろいろと
試していこうと
考えています。

まず、手始めは「名詞」。

現代の口語日本語は
「名詞」の豊かな機能を
真綿で首を絞めるように
殺めていると睨んでいます。

固く縮んでしまったのか
でれんと伸びきったのか

ここは勝手に仮説をたて
現代日本語の「名詞」の
機能不全についての疑いを

育てていこうと
思っています


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2014年7月28日月曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.241

作文と読解力そして
育児の時間に交わされる
子どもと身近な大人との会話。


これらすべての根底にあるのは
人が感じ、考えることです。


この考えることについて
ズバリ! をつく文章を
ご紹介します。


『思考のレッスン』
丸谷才一著 文春文庫
レッスン6 書き方のコツ


【書き出しから結びまで】

一体に、考える時間が短いから、
書く時間が長くなるんです。

たくさん考えれば、
書く時間は短くてすむ。

【言うべきことをもって書こう】

だから、言うべきことを
われわれは持たなければならない。

言うべきことを持てば、言葉が湧き、
文章が生まれる。工夫と習練によっては、

それが名文になるかもしれません。
でも、名文にはならなくたっていい。

とにかく内容のあることを書きましょう。

そのためには、考えること。
そう思うんですよ。

<12行分の余白を残して完>

自戒を込めて、ご紹介しました。

たっぷりの書き込みとともに
今夜は、じっくりと考えます



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2014年7月27日日曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.240

作文と読解力を
身につけるために


読書の習慣をまず
しっかりと子どもに
身につけさせたい。


と、思ったときに
身近な大人がひっそりと
はじめるべきことは


子どもに読ませたい本を
子どもが目のつくところに
ひっそりと置いておくことです。


あくまでも、身近な大人が
子どもに読ませたい本なので


まずは、当の大人自身が
その本を、子どもには
なにも伝えず読みつづけます。


本に書き込みをしたりすると
さらに、よい結果に近づきます。

もっと、よい結果を狙うために
またもや、子どもにはなにも
伝えず、新たな本を最初の本の
隣に、これもひっそりと並べます。

子どもから「読みたい」もしくは
「内緒で読んでみたんだ」と
打ち明けられるまで、ひたすら
本を増やしつづけます。

その点、小学生に人気にある
冒険活劇シリーズものは
とてもいいかもしれません。

そうこうしているうちに
文字のある雰囲気を
素敵に醸しだしてくる

本の背表紙が揃った一角が
部屋のなかに誕生します。

そうなると
自然と子どもの目が
向いていきます。

話はそれますが、ハードカバーの
単行本は、背表紙のデザインで
その本の価値が決まります。

日本語がもつタテ組のよさが
きっちりと試されるからです。

背表紙に、本の主題つまり
タイトルがどれだけしっかりと
収まっているか? 

言葉としてデザインとして
美的に完成されていればいるほど
その本は、読む価値があります。

ということで、背表紙が
部屋の一角にに並び始めると
本を読む習慣へ一歩も二歩も
近づくことになります。

子どもがいつまでたっても
本に見向きもしなかったら

答えはひとつです。

一度はじめたらメゲずに
ひたすらつづけます。

ペースは自由。さらに
1冊づつですから
騙されたと思って

ひっそりとはじめて
みてください。

きっと、よい結果が
生まれるはずです


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2014年7月25日金曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.239

作文力を育児の時間で
身につけるための簡単な
会話術を、お伝えします。


自分の感覚や考えを
言葉にすると同時に


言葉を発する前提も
さらに言葉にして


その前提に触れてから
自分の感覚や考えを表した
言葉を伝えるようにします。


端的にいいますと


相手に前提を投げかけて
言葉がとおる道を
先に築いてしまいます。


「お腹すいたね」のひと言を
第1球目に投げるのではなく


「お昼が近づいたね」と
投げかけて、つぎの自分と
相手の言葉を出しやすくします。


前提は、揺るぎのない指標
時、場所、天候、時節などを

タイトルのように短い言葉で
簡素に表すようにします。

投げかけた前提のあと
ちょっと説明を加えるように
自分の感覚や考えを伝えます。

これを重ねることで
言葉の濫觴に慣れ

作文の「書き出し」を
自分なりの文章にして

さらりと始めることが
できやすくなります。

反対に「お腹すいた」を
第1球にして第2球3球
なしで過ごしていきますと

大人の場合、自分の発言に
反感を生む機会が多くなり

子どもの場合
元気なお子さんね、で
会話は済まされますが

いざ文章となると
読んでもわかった手応えがない
書いてもスッキリした感覚がない

そんな状況を招いてしまします。

日ごろの子どもと
身近な大人の会話で

子どもの作文力を
しっかり育むことが
できます。

まとまった時間を
必要としない簡易な
日常学習と思って

夏休みに、子どもと
大人で意識してみると
いいかもしれません


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2014年7月24日木曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.238

作文と読解力について
小学2年生のわが子が
大好きでもある詩人の


まど・みちおの作品から
夏休みに育児の時間で
子どもと詩を楽しむ
実践を、お伝えします。


今回とりあげる詩は
長男の好きな作品
『くまさん』ではなく


『うさぎ』


うさぎに うまれて
うれしい うさぎ
はねても
はねても
はねても
はねても
うさぎで なくなりゃしない


うさぎに うまれて
うれしい うさぎ
とんでも
とんでも
とんでも
とんでも
くさはら なくなりゃしない


ぞうさん まど・みちお
子どもの歌100曲集
1963年 フレーベル館


まずは、単純に
わかりやすく
リズミカルで
子どもの呼吸に合う休止

そして2連目の変化を
子どもの表情を聞いて
楽しみます。

つぎは、大人が
時と場を拓く言葉を
味わっていきます。

名が動き
感覚が姿を現し
時が意味を生む
一連目

名が動き
感覚が姿を現し
時が場と交わる
二連目

まど・みちおが得意とする
「遠近法の詩」の奥行きを
どっぷり味わいます。

このなにが楽しいのですか?
と思われるかもしれません。

楽しさは、物事を捉えるときの
確かな自己中心性にあります。

言葉がつくりだす時と場を
支配している静けさ。

言葉を前にしている
にもかかわらず

目前の静けさにいる自分を
感じることができます。

物事を捉える自己中心性が
嬉しく、言葉に魅せられて
いるからともいえます。

とかく物事を押し付ける
自己中心性が先行しがちな
世知辛い大人の時間から
離れて、子どもと詩を
ゆっくり味わう。

夏休みに、子どもは宿題。
大人は仕事の手を休めて

ちょっと詩の時間を
つくってみることを
オススメします


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2014年7月23日水曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.237

作文と読解の力を
この夏休みに養うための
ちょっと変わった視点を
お伝えいたします。


いま人が求めているのは
自分のなかの体系化です。


自分の外側に断片が
いくつあっても構わない


けども、自分のなかには
確たるゆるぎない体系が


カラダの中心にドンと
座っていて欲しい。


つまり読解力となる芯を
もちたい、もっていたい
と思う気持ちをどこかに
抱いています。


とてもせわしない
生活時間を送るなかで


これはとても正常な
欲求であり、欲している
体系化=読解力はまさに


小学校に通う子どもから
大人まで必要な力です。


では、その力になる芯を
どのように手にするか?


文章を読み進める自分の
思考と感覚を観察する


これを、つづけること。


このちょっとした行為の
積み重ねが、自分の中心に


ドンと鎮座する体系を
ゆっくりと築きます。


端的に言ってしまえば
まとまった文章であれ
流布する情報の断片であれ

決して読んだままに
しないことです。

たくさんの情報や知識を
素直に読み続けることを
いったんやめて

1冊の書物を手にとって
夏休みの時間にじっくりと
文章を読み進める自分の
思考と感覚を観察する

これだけで、自分のなかに
体系化にいたる芯の萌芽を
見ることができるはずです。

そこで、子どもの読解力。
夏休みにしっかり読解の力を
カラダの中心につけるために

問題を早くいくつも解いて
満足するような環境から離れ

どこにも正解がない
問いを言葉にしていく
環境に身を置きます。

問いそのもの自体が
答えになっている。

あるときそんな瞬間が
子どもに訪れます。

小学校の低学年で
カラダのなかに築いた
読解力は、生涯の宝です。

やがて訪れる思春期を
自分自身でしっかりと
受けとめ生きていく力。

子どものなかの読解力が
そんな瞳の奥に秘めた力へと
ゆっくり発展していきます


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2014年7月22日火曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.236

作文と読解の力を
子どもと養うときに
手元にあると心強い


大人のための本を
厳選しご紹介します。


『文学レッスン』
丸谷才一
聞き手・湯川豊
新潮文庫


『東京大学で
世界文学を学ぶ』
辻原登 著
集英社文庫



で、物語の楽しみを

ゆっくり概観しながら


『創作の極意と掟』
筒井康隆 著
講談社


『物語の役割』
小川洋子 著
ちくまプライマリー新書


で、文章の書き方を
じっくり味わいます。


『言語学の教室』
哲学者と学ぶ認知言語学
西村義樹、野矢茂樹 著
中公新書

に、目を通すことで
言語の妙に触れて

『文学概論』
吉田健一 著
講談社文芸文庫

を、虫の音とともに
ページをゆっくりめくり
秋の夜の読書に
つなげます。

この夏、子どもいっしょに
文章を味わいつくしながら

身近な大人が楽しく
読書している姿を

しっかり子どもに
見せてしまいましょう


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2014年7月21日月曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.235

作文力と子どもの
読解力をしっかり養う
育児の時間での絵本の読書


その絵本のご紹介動画を
シリーズでお送りします。


絵本はたくさんの
手でつくられています。


絵、文の作者、そして装幀家。
校正者、編集者、発行人を
印刷所、製本所のみなさんの
手と目の技術が支えます。


配送の方のしっかりとした力で
絵本が本屋さんに届けられ
書店の方の心が、みんなの手に
そっと、絵本をゆだねます。


絵本の静かな世界を
動画でお贈りします

【絵本の見開き】新規開設 ブログ
国語の学童 よみかきのもり




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2014年7月19日土曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.234

作文を書く子どもの能力を
育児の時間で引き出したい。


家庭教育で、子どもの文章力は
きっと伸びるはずと思う。


どこかでそう感じている
子どもが身近にいる
大人の方がいらしたら


「そのとおりです」と
間髪をいれずに
お答えします。


では、どこに注視するか?
そもそも子どもに宿っている
能力に改めて視線を注ぎます。


イタリアの作家
イタロ・カルヴィーノ曰く

子どもは自分たちの
遊びのために使える分野なら

たとえそれがなんであっても
そこから暗示や感動を引き出す

それが子どもたちの
すばらしい能力だ。

その能力を大人が信じて
子どもから引出し訴えます。

どのように子どもの
暗示や感動を引き出すか?

プロットの効いた詩や
物語を読み合うことから
暗示の能力を引出します。

はじめは、冒険譚。

主人公が立ち向かう
境遇。その分岐点を
見つけ、ノートに
書き出します。

このしかじかの場面は
いったいなにを
暗示しているのか?
を、読み合うのです。

もちろん子どもと
身近な大人とです。

ただ、冒険譚は
はやいうちに
卒業します。

なぜかといいますと
物語の途中で主人公が
退場(≒死)することは
冒険譚には皆無だからです。

卑近な例でいいますと
せっかくの暗示と感動を
引き出す遊びなのに

公文式のような
「ハイできました!」
◯です。よかったね。
つぎは、コレ解いてね
に、陥ってしまいます。

ですので、冒険譚で
大人がコツをつかんだら

はやばやと詩や
分析的な作家の散文で

子どもの暗示と感動を
引き出す遊びに移行します。

と、ここまで来ると
家庭教育ではかなり
手強く未知な領域に
入ってきますので

本の好きな大人が集って
読書会などを開きながら

子どもと身近な大人で
試行錯誤を楽しみつつ

子どもの能力を
引き出していく
ようにします。

そんな時間も機会もないかも?

その場合は-
子どもが読んだ本を
身近な大人も必ず読むように
します。少なくとも目次は。

そのうえで、本の感想を
子どもにやんわり質問します。

どの場面がワクワクしたか?
それだけを聞くようにします。

コツは、笑顔ですることです。

これで、子どもの書く読む
能力を、行きつ戻りつ
引き出すことができます


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2014年7月18日金曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.233

作文力を長い夏休みの
育児の時間で身につける


そんな家庭教育で
イチオシの本をこの場で
ご紹介します。


今回は、詩集。

童話屋の詩文庫シリーズは
子どもの手にしっくりと
おさまる小さなハードカバー。


子どもの好みにあった
1冊を選んで詩に
馴染んでみましょう。


言葉のつながりと
言葉の見つけ方を


夏休み、手にできたら


子どもにとって
この夏が人生の宝に
なっているはずです。


まど・みちお
『くまさん』

くどうなおこ
『くどうなおこ詩集』

三好達治
『雪』

が、私のオススメです。

大人のための
詩もついでに

蜂飼耳(はちかいみみ)の
『蜂飼耳 詩集』
現代詩文庫 思潮社

読み手の頭にそっと
言葉を置いていくところと
画を残していくところの
さじ加減が抜群です。

下衆なものいいで
申し訳ないのですが
定価1300円+税

ぜひ、新刊本を
自分のモノにして

気になった言葉に
エンピツで印をつけて
みてください。

もちろん子どもも。

買った詩集を使いながら
大人と子どもで学んだ

家族の時間にしか残せない
貴重な言葉の記録が
できています。

少し遠回りですが
きっと子どものどこかに
文章を書く自信が
湧いているはずです。

その自信をどうか
お見逃しなく


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2014年7月17日木曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.232

作文と読書を育児の時間で
じっくりと養う、夏休みが
そろそろやってきます。


日記、絵日記、一行日記。
俳句に短歌、課題図書
感想文に、自由研究と


言葉を綴る宿題や
課題が目白押しです。


どれもこれも
やっつけで仕上げようと
思えば、できてしまうもの。


また、模範などを調べ
書き写してしまえば
数日で一丁上がりです。


じつは、このやっつけと
書き写し。出来てしまうのなら
それでいいと思っています。

ただし、空いた
たくさんの時間を

正解のない【問題】に
たっぷり費やすなら
という条件付きです。

ここから大人の話です。

子どもの身近にいる大人は
たいていのことに
肯定も否定もしません。

むしろ、肯定の力も
否定の力も日々、極力
使わないようにしています。

いわば、いちばん
知りたいことを
何も知らない。
知らないで済ます。

多かれ少なかれ
そんな状況に身を
置きつづけています。

ですので、自分の外にある
はっきりと正解のあるもの

また、僥倖含め手軽に
結果があらわれるものへ
ついつい頼ることが
多くなります。

翻って、そんな身近な大人が
流れがちな“思考”とは
まったく別なところで

子どもが正解のない
問題にたっぷりと
時間を費やす。

その思考の粘りを
言葉で綴っていく。

子どもが手にする
長い夏休みには
これができます。

大人が、馴染みのある
思考からわずかでも離れ

子どもの思考の深さを
ゆっくりと掘りさげていく

今年もそんな
夏休みになればと
自身の感覚と思考を

総点検しています


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2014年7月16日水曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.231

作文と育児を具体的な
カタチに残そうと


いまyoutube動画で
自身が買って読んだ本に
書き込みをした言葉を
アップ。順次公開しています。


ひとつは読書歴の
データベースになれば
いいなという利便性と


少しでも読書へ
興味のある方に
本を買ってもらう
きっかけになれば
そんな本の存続のためと


最後は、youtubeデータの
永続性を願いながら
自身の3人の息子へ
遺書代わりになればと

毎日、コツコツと
本の山から1冊を
手に取り撮影。
編集をしています。

お時間のあるときにでも
「本に書き込む勇気」で
検索して動画を

ご覧になってください。

思わず書き込んで
しまった言葉を集めると

なんともグッと
くるものがあります


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2014年7月15日火曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.230

作文と育児の本番
夏休みの読書について
本好きの習い性をひとつ


盛夏、蝉の声が
聴こえる和室で


肌に畳をひっつけながら
寝転んで読みふける文庫本は


なぜか、一生カラダに
しっかりと残ります。


出版社の回し者では
ありません。


理屈でははっきりと
理解できないのですが


確かに、真夏に読んだ
文庫本は紙の触りから
覚えているから不思議です。


思い返せば
巻末のあとがきや
解説にとっくりと
感動してしまうのも

やっぱり、真夏の夕方に
さしかかったころまで
続けていた読書です。

夏の暑さにメゲない
読書で、どれだけ
秋の本読みの仕込みが
できたかを、考えると

夏休みに畳でゴロゴロと
読書する時間を、決して
白い目で咎めることなく

むしろ子どもと身近な大人で
楽しむことをオススメします。

秋よりもよっぽど
読書の習慣がつくと
そう、思います


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2014年7月14日月曜日

国語の学童 国語の健康診断vol.229

作文と育児の時間で
よく子どもが身近な
大人に云われることに


その人の身になってみなさい
という厳しい言葉があります。


この言葉、どこが
厳しいかというと


人の身になったところには
すでに自分のなかに人へ
伝えられるような言葉が
なくなっているからです。


もし人の身になって
スラスラと言葉や文章が
出てきていたら


大方それは自他ともに
疑ってかかってみて
損はありません。


人の身になった場合
人に伝える言葉を

自分自身にとって
見たことも聞いたこともない
新しく知るところから

ひねり出さなければ
なりません。

すると自然
時間がかかります。

裏返しに、別段
人の身になろうと
ちっとも思って
いないのに

文章を書く段になって
うんうんと唸りひねり

結果、言葉が偶然
人の身になって
いたとすると

これは、でかした
ものになっている
可能性が高いといえます。

ものを見たり
文章を書くのが
楽しくなるのは
このときです。

ですので
身近な大人が子どもに
人の身になってと
伝えるときは

こと文章を書く際は
慎重に伝えるようにしましょう


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